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仙台高等裁判所 平成4年(ラ)119号 決定 1992年12月02日

抗告人 浅野隆裕

相手方 遠藤淑江

主文

原審判を取り消す。

本件を福島家庭裁判所郡山支部に差し戻す。

理由

1  抗告人の抗告の趣旨及び抗告の理由は別紙抗告状写し記載のとおりである。

2  一件記録によると、原審判3枚目裏6行目の「再度」の前に、「平成4年3月11日、」を、同4枚目表4行目の「現在は、」の次に「公立中学校1年生であり、学校生活は遠藤博美の通称を使用し、」を各加え、次の事実を付加するほかは、原審判理由に摘示した事実(原審判2枚目裏7行目冒頭から同4枚目裏9行目末尾)を認めることができる。

抗告人は、○○○に勤務していたが、平成4年4月には東京都港区の○○○○○に転勤となり、現住所に居住していること、事件本人に対し、養育料を送付しているほか、クリスマスプレゼントや誕生祝いを送るなど父親として事件本人に対する愛情を示しており、親権者の変更に応ずると、事件本人とのつながりが切れてしまうことを心配している。

3  抗告人は、抗告人と事件本人の別居の経過について事実誤認がある旨主張するが、一件記録によると、右別居の経緯に関する原審判の認定は相当であり、抗告人の右主張は理由がない。

4  ところで、親権者の帰属を離婚した父母のいずれにするかについては、その親権に服する子の福祉を中心とすべきであることは異論のないところである。しかしながら、本件は変更を求める対象となった平成3年9月11日成立の調停(以下「本件調停」という。)の成立まで次のような経緯をたどっている。すなわち、抗告人と相手方が平成2年4月13日協議離婚をするに際して親権者を相手方としながら、間もなく、相手方は遠藤の転勤にともない、事件本人を抗告人の許へ残したまま遠藤の転居先に走った。このため、抗告人は相手方に対し親権者の変更の調停を申し立て、同年6月15日、その旨の調停が成立した。相手方は同年11月22日、遠藤と婚姻し生活も安定したので、平成3年1月31日に抗告人に対して親権者変更の調停を申立てたが、この調停において抗告人、相手方とも親権者となることを主張したため、調整的・妥協的措置として、また、事件本人が同年5月には相手方と同居するようになっていたこともあり、相手方を監護権者、抗告人を親権者とする本件調停が同年9月11日に成立した。このように、本件調停の成立まで特異な経過をたどったのち、相手方は、僅か6か月後の平成4年3月11日に親権者変更の調停を申し立てたものである。ところで、本件調停は、調整的・妥協的措置として監護権者を相手方、親権者を抗告人とするものであるが、右合意の内容は調停委員会も事件本人の福祉のために適当と認めたものと解される。したがって、右調停成立後に親権者を変更するには、本件調停の内容が事件本人の福祉のため適当であることを前提としたうえ、さらに、親権者を事件本人の福祉のために変更すべき特段の事情が必要と解される(親権者の「猫の目」的変更が、社会的及び法的安定性を欠き、子の福祉にとっても好ましくないことは多言を要しない。)ところ、認定事実のうち、事件本人が家族の中で一人だけ姓が違うことで戸惑いを感じることがあることは本件調停成立時にも当然予想された事実であり、変更を基礎づけるに足る事実とはいえない。そして、前記認定の事実によると、相手方が本件親権者の変更を申し立てたのは、相手方が、事件本人の高校進学に際し、姓が保護者と異なることが事件本人に不利益となると考え、また、事件本人は相手方及び遠藤らと同居後、よく親和して生活しており、遠藤と事件本人双方が養子縁組を望んでいることからであると認められるが、抗告人は、親権の実質的内容を成す養子縁組の承諾権に関して、養子縁組は親権者の承諾を得ることなくなしうる15歳になってからでも遅くはないと考えており、監護権が相手方にあり、本件調停成立まで前記のとおり特異な経過をたどっていることをも考慮すると抗告人の右判断自体は親権者の判断として不当なものではないと認められる。そうであるとすれば、事件本人が高校進学に際し、姓を保護者と異にすることが真実不利益となるのか、仮に不利益になるとして事件本人が13歳(中学1年)である現段階において直ちに養子縁組をしなければならないのか、監護権を相手方が有する状況下において事件本人が遠藤と養子縁組をするにつき事件本人が15歳になるまで待てない事情(事件本人が現在抗告人に対し嫌悪感を有し親和することがないとしても、そのことは必ずしも監護権を切り離した親権の帰属について決定的な事情ということはできない。)が他に存在するのか等が肯定できて、始めて親権者の変更を基礎づける特段の事情を認めることができると解されるのに、本件調停の内容につき調停委員会が相当と認めたことを軽視し、認定事実から事件本人の福祉の合致すると判断するのみで、右特段の事由につき十分検討をしないで親権者の変更を認めた原審判は失当であるといわざるを得ない。

5  よって、本件抗告は理由があるから、家事審判規則19条1項に従い、原審判を取り消し、前記特段の事情の存否につき更に審理を尽くさせるため本件を福島家庭裁判所郡山支部に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 豊島利夫 裁判官 永田誠一 菅原崇)

別紙 抗告状<省略>

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